Fahrenheit -華氏- Ⅱ



啓は、村木さんのこと“陰険”と言うけれど、このひとはただ不器用なのだ。とても―――


そして


「まずは結婚後のライフプランを図にして提示してもらい、その際にお互いの収入が幾らで、幾らで生活できるかを…」


とブツブツ言っている村木さんに、何故だか笑いが込み上げてきた。


このひとは真面目過ぎる程、真面目なのだ。


と言うことにも気付いた。


「何を笑ってるんですか」


村木さんがちょっとムっとしたように眉間に皺を寄せ


「いえ、ちょっとそれって稟議書に似てるなって」


「稟議書ですよ。決済するのは私ですが」


「良い結果をお待ちしてます」


あたしが小さく笑むと、村木さんも同じ笑みを返してきた。


「娘の結婚式の際―――あなたを招待しても宜しいですか?」


「もちろんです。ただ、招待状やドレスのこと、口出しされない方が宜しいですよ?」


「あなたは―――招待状やドレスのことで口出しされたことが?」


と聞かれ、ちょっと苦笑いを浮かべ肩を竦めてみせ


「私のほうではなく、向こうの、ですね」


それは言うまでもなくヴァレンタインの魔女、ジェシカの指示だった。


セントラル紡績さんが最初望んでいた取引先のアザールは、そのときあたしがドレスとして纏ったものの次の候補だった。


確かにアザールの繊細な刺繍や、体のライン、流れるようなベールは全て花嫁の美しさを際立たせる、まさに一点物。


あのドレスは確かにステキだったけれど、あたしの意見もあったのに、ジェシカが全て反対して、結局ローズウッドに決まったのだ。





「あなたはジェシカのようにはならないで」




あたしは一言言い置いて、立ち上がるとタバコの先を灰皿に押し付け


「では、これから私休憩に入るので」


と小さく挨拶をして、


「ジェシカ?」と村木さんは不思議そうに目をまばたきし


「ただの魔女です」とあたしが返すと、村木さんは益々難問を目の前にしたかのように眉間に皺を寄せた。


でもあたしは確信している。





村木さんは―――梨々花さんと、そして画家の彼の良き父親である、と。




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