Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「いいえ…私は何も……ただ、昔の自分とお嬢様の姿が重なっただけです。ただの経験談を―――話しただけです」


村木さんは片手で持った缶コーヒーを一口、口にしてそれ以上何も聞いてこなかった。


「聞かないんですか、どうしてそうなったのか」


“興味がない”と言う言葉を想像していたが


「あなたの過去を知っても―――私には何もできない。力になれない、それを充分に分かっているからです」


何も―――できない……


そんなことはない。充分にしてもらった。たった今。


たった一言、あたしの言動で誰かを動かせるのなら、それだけであたしは充分。


「でも、これだけは言わせてください。安心してください。私は決してあなたの過去を言いふらすことがない、と」


「ええ、信じていました」


はっきりと言い切ると


「何故?」と村木さんは不思議そうな顔をした。


「ただの勘です」あっさり言うと、


「なるほど、女の勘と言うのは当たりますからね」と村木さんはまたもちょっと笑った。


「神流部長とあなた、結構お似合いですよ」


今度はあたしが笑う番だった。


「何が可笑しいのですか」と村木さんは仏頂面で聞いてくる。


「いいえ、ただあなたに認められるとは思いも寄りませんでしたから」