Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「失礼、電話中でしたか」


村木さんはそう言いながら全然『失礼』そうじゃない素振りでズカズカと入ってきた。


誰と電話をしようがあたしの勝手だけど、変に勘ぐられるも面倒だ。


「ええ、お相手は蝶々夫人と」と適当に言ってそっけなく返すと


「蝶々……?もしかして藤枝のご夫人…?」


村木さんが目を開き、まばたく。あたしも目もまばたいた。


まさにそうだ。紫利さんの苗字は藤枝。


「ご存じでしたか」意外な気がした。何故、このひとが知っているのだろう。


それが顔に出ていたのか


「顔見知り程度ですよ、会話も一言二言交わしただけです。とても艶やかなひとだったので記憶に残っている程度です」と村木さんもそっけなく返してくる。


“艶やか”確かに紫利さんにぴったりくる言葉だ。その部分に啓が惹かれたのだ。そして、村木さんの記憶に残るぐらい。


だけど紫利さんの関係をあれこれ聞かれたくない。あたしは


「ところで私に何か。喧嘩をしたいのなら外でお願いできますか」


たっぷりと嫌味を含ませて目を上げた。


村木さんは


「喧嘩を売るつもりはありませんよ」と言って、あたしにあたしの吸っている銘柄のタバコをずいと渡してくる。


益々意味が分からず怪訝な顔をしていると





「今朝は、色々すみませんでした。私の心無い言葉で


あなたを―――





傷つけた」





村木さんの言葉に再び目を開く。


「お詫び―――と言う意味では全然足りませんが」とさらにずいとタバコの箱を寄越してきて、あたしはそれを素直に受け取った。


この人には―――少なくともあたしを“傷つけた”と言う自覚があったのだ。


少し意外。


「……お詫び…なんて…望んでいません」


「そう言うと思ってました」村木さんはぎこちなく笑い、あたしの隣のベンチに腰掛ける。


同じ様にタバコを一本取り出し、それに火を灯す。


「私は―――あなたと言う女性を勘違いしていました。読み間違えていました」


村木さんは静かに切り出した。