Fahrenheit -華氏- Ⅱ



紫利さんは2コール程ですぐに電話に出た。


『ごめんなさいね、お仕事中に』と謝られ


「いえ、気付かずにすみませんでした」と小さく頭を下げる。


紫利さんと話すのは三日ぶりだった。


啓の贔屓にしている小料理屋で会った日以来。


もしかして、大将から何か言われたのだろうか。


『もう来ないでくれ』とか。


あたしの悪い想像とは反して


『大将ね、あのときのこと凄く気にしてて。今度はお金取らないから、近いうち顔を見せてくれって。


心音ちゃんがアメリカに帰っちゃう前に、もう一度お店に行かない?って言うお誘いなんだけど』


「え―――……?」


『ごめんなさいね、もう嫌な思いしたくないわよね』と紫利さんは小さく吐息。


「とんでもないです、是非ご一緒させてください。心音もあのお店凄く気に入ってて」


慌てて言うと、


『本当?嬉しいわ』と紫利さんの声は弾んだ。


そのときだった。


コンコン


ガラス張りの扉を軽くノックされ、


村木さんが中を覗きこむような素振りをしていたから


「紫利さん、電話ありがとうございました。ちょっと所要で」慌てて言うと


『ええ、また連絡するわ』と紫利さんがゆっくりと言ってあたしも大きく頷いた。