深い茶色の液体がソーサーの上にどんどん広がっていく。
それは瑠華の“怒り”そのもののように思え、俺は不安げに瑠華の横顔を見つめると、瑠華は俺が想像した通りやはり険しい表情を浮かべていた。
「朝から喧嘩を売りたいならどうぞご勝手に。
高く買ってやるわ」
瑠華は力強く言い
「子供がいることの想像?そんなものあたし自身が痛い程分かってるわ。想像じゃなくてね」
瑠華の言葉に村木が、ここに来て少し狼狽を見せた。村木はそれなりに頭の回転が速い。それは一緒に働いてたから分かる。だから瑠華が言った言葉をすぐに理解したのだろう。
「―――……え?」
たっぷり間を開けて瑠華を見ると、瑠華は
「会社には黙っていますが、あたしには子供がいます。それも娘が」
瑠華は、ここに来て隠すことを諦めた、と言うより村木の言葉によっぽど腹が立ったのだ。
「え…!」
村木は狼狽をはっきりと驚きに変えて目を開く。疑いを確信に変えた瞬間だった。
「確かにあたしはあなたに言いました。『失敗すればいい』と。それはあたしの経験談です。
離婚する際、娘の親権を相手に奪われたから、あたしはそれ以来娘と会ってない。
たった四歳……とても短い期間、あたしは彼女を愛して愛して、愛して―――…一年、また一年と成長することに喜びを覚え、
けれど
四歳のお誕生日は電話で伝えることしかできなかった。
クマのぬいぐるみを空輸でプレゼントすることしかできなかった」
(※Fahrenheit参照)
瑠華の言葉は僅かに震えていていてビブラートが掛かっていた。
瑠華がテーブルの上で手をぎゅっと握り、村木を睨みつける。対峙した村木は驚愕の表情を浮かべていて、余裕の「よ」の字も失い、ただでさえ青白い顔をさらに白くさせていた。
俺は村木の前だと言うのにも関わらず、瑠華の手に自分の手を重ねた。彼女の手も、声と同様また、震えていた。
「あたしは想像の中でしか彼女を見ることしかできない。でもあなたは?
あなたはすぐ傍でお嬢様の成長をずっと見守り、彼女が恋をして、やがて自分の意思で大切な人と結婚したい、と言う、立派な一人の女性になったじゃないですか。
あたしはその長い長い時間を共にすることが叶わない」
村木さん、あなたは幸せ者です。
瑠華は最後そう締めくくった。



