Fahrenheit -華氏- Ⅱ



俺たちはいつもこうだった。超えてはならない距離を縮めようと―――思ったことは一度もない。物理的距離は縮めれても、心の距離は―――まだまだ埋められない。


それが現実だ。


俺がそんなことを考えてるって気付いたのか、それとも違う理由なのか―――


腰にバスタオルを巻きつけただけの俺の腰に瑠華の腕が巻き付いた。


「珍しい。明日は雨だな。ってか今??シャワー流しっぱなしだし、雨の中って感じ」


俺は自分の緊張を悟られないようにわざとチャラけて笑った。


「“雨に唄えば”のようにダンスでもしてみます?」瑠華も俺の冗談に付き合ってくれる。


俺が計った距離感は狂いはなかったようだ。


「タップダンスを?瑠華踊れるの?」と笑うと


「いいえタップダンスは踊れませんが、普通にダンスは……」


言い置いて瑠華は黙り込んだ。俺の背中で彼女がただ呼吸するたびに呼気だけが熱い背中を鎮めてくれる。


それはきっと瑠華の腕をぐるりと囲むタトゥーが文字通り蔦のように絡まっていて、今も尚、瑠華の心に絡まっている


マックス・ヴァレンタインに関係しているのだ。




『I'm not giving it to you.
(お前には瑠華を渡さない)』




と言われている気がした。




距離を―――計り間違えた。と実感した瞬間だ。


バスルームにシャワーの音だけが響く。沈黙が押し寄せてきて、その沈黙を押し流す勢いで俺は『雨に唄えば』を軽く口ずさんだ。


何でもないフリは案外


難しい。


~♪I'm singing in the rain(雨の中で歌ってるんだ)
Just singing in the rain(ただわけもなく歌ってるのさ)
What a glorious feelin'(なんて晴れやかな気分)
I'm happy again(また嬉しさがこみあげる)
I'm laughing at clouds(頭上の黒雲を)
So dark up above(笑ってやるさ)
The sun's in my heart(僕の心は太陽がいっぱい)

And I'm ready for love.(恋の準備はできている)



歌は、俺の心情とは反対に歓喜に満ちていて、恋に乱舞する際が現されている。


実際、恋をすると雨ばかりなのに。晴れやかな気分になるどころか俺の恋には暗雲ばかり立ち込めている。


でも「So dark up above(笑ってやるさ)」この部分には共感できる。


下を向いてばかりいたら水たまりに足を取られるだけだ。上を向いて雨を降らす雲よりもっと高見を仰ぎたい。




~♪Let the stormy clouds chase(嵐を呼ぶ雲を見て)
Everyone from the place(みんな逃げればいいさ)
Come on with the rain(雨なんかへっちゃらだ)
I've a smile on my face(顔には微笑みを浮かべ)
I walk down the lane(何度もこみあげる嬉しさに)
With a happy refrain(僕はこのまま歩いていく)


瑠華が歌を引き継いでくれて、沈黙と言う暗雲が少しばかり晴れた気がした。




覚えていて―――くれたんだな……