Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「さっきから派閥の話で持ち切りですが、生憎ですが私はその手の話に全くと言っていいほど興味がないので。


出世欲がないのか、と言われれば嘘ですが、この歳になってこれ以上の高みは望んでいない」


と村木はさらりと言ってグラスをトンとテーブルに置き、


「ブランデーを貰おうか。ロックで」と店員に聞いている。


「では私も彼と同じものを」といつの間にか……と言うか瑠華の場合もうとっくに無くなっていたに違いない手元に残った空のタンブラーグラスを掲げてカウンター内に居る男の店員に目配せ。


「あの……話を戻しますが、娘さんの……見合いの件はどう説明するンすか?


俺、あんたに嫌われてますよね」


勝手に勘違いして尾行までした俺が切り出す話じゃないってことは重々分かっているが、


この際だからハッキリ確認しておこう。


「嫌ってはいるけど、ゆくゆくは社長になるから娘と結婚させて裏で糸を引こうとしてるんなら無駄ですよ」


ハッキリ言ってやると


「さっきも言ったでしょう?私はこれ以上の出世を望まない、と。


それに、そもそも私は経営者に向いてない。神流グループは戦前からある老舗ブランドですよ。歴史ある名前に、わけも分からない新参者が簡単にさらっていけるものだとは思えませんが」


た、確かに……


「娘を社長夫人にすることが目的じゃありません。それに私はあなたを嫌ってはいません。


ただ、くそ生意気な小僧だとは思っていますが」


くそ生意気な小僧だとぅ!!


カラン


瑠華の手元で氷がグラスにぶつかる音がした。いつの間に運ばれてきたのだろう。それすら分からなかったのにもう飲み干したの!?


それは最初から無かったかのようにまぁるい氷だけ入ったロックグラスだった。





「ダメ」






瑠華はロックグラスの中にある氷を……いや、実際どこを見てるのか分からないがその視線はあやふやで


だけど隣に座った俺の手を、村木の前だと言うのにしっかり握っていた。



「ダメ

………です。




譲れません」




瑠華の口調はロックグラスの中の氷と同じだけの冷たいものだったが、握ってきた指先は熱を持ったように熱かった。



瑠華―――……?