それはシェイクスピアの、誰もが知っている悲恋の物語。
「でも私は結婚しましたし、私も元夫も死んではいません」
「“元”夫……?」
「ええ。一度は半ば親の……特に父の反対を押し切る形で結婚しましたが、結局ダメになってしまいまして…お恥ずかしい限りですが」
「それは……残念ですね」
女性は目をまばたき、今にも泣きだしそうな瞳を揺らす。
「でも当時は時間が掛かっても何とか説得しました。あなたが今やるべきことは、あなただけが知る彼の素晴らしさをお父様に理解してもらうことじゃないでしょうか。
私がそうしたように。
政略結婚なんかに負けないでください」
そう
あのときあたしはパパに反対されても、マックスの素晴らしさを語って説得した。パパはあたしのことを、世間知らずの子供だと言ったけれど、あたしが彼のことを語るときはパパの娘ではなく一人の「女」だった。
パパはその部分を見てあたしが彼を愛していることに気づき、娘の幸せを願う意味で承諾したのだ。
結果こんな風になってしまってパパには申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど、でもパパは「だからあのとき止めたのに」なんて後悔の念を一度も口にしたことはない。少なくともあたしの前では。
離婚が決定しても「大変だったな。大丈夫、まだ若いんだし。お前は立ち直る」と励ましてもくれた。
それが親子と言うものだ。
本当の意味での“愛”だ。
「さ、これでちょっと顏を冷やして。少し冷静になる必要があるみたいですので」
とあたしは持参していたハンカチを水でちょっと濡らし軽く絞って彼女の額に押し当てた。
「あなたとても……親切ね。どうしてそこまでしてくれるの?」
と言う質問に正直何て答えていいのか分からなかった。あたし自身何でこんな風にアドバイスしたのか謎だ。
だけど目の前で困っている人を見ると放っておけない。それに彼女はあたしの過去に重なる部分がある。
「ありがとう」
彼女は濡れたハンカチを受け取って、恐らく涙が溢れそうになっていたのであろう、目尻をちょっと拭い
「洗濯して返すわ。連絡先教えてもらっていいかしら」とケータイを取り出す。
「ええ、もちろん。けれど洗濯は結構です。気に入ったのなら差し上げます」
あたしが言うと
「ありがとう。本当に優しくしてもらって。ちょっと勇気が出たわ。
洗濯はするしお礼もちゃんとしたいから」
と言って女性と連絡先を交換し、
「そろそろ戻らなきゃ。父も彼も不審に思うわ」と言って再び苦笑い。
こうやって改めて見たら、結構整った顔の美人なのに、ぎこちなく浮かべた笑顔は彼女に不釣合いだ。
「Smile.(笑って)
あなたは笑ってる方がとても似合いますよ」
彼女に笑いかけると、女性もちょっとだけ笑いあたしたちはお手洗いで別れた。



