夏の鈴




オレンジ色の道に並んで歩く黒い影が2つ

公民館まで後、数メートル


『おふくろ、俺親父の代わりにはなれないけど、親父みたいにおふくろを守るから…だから安心して』


“あつしがちゃんと母さんを守ってやってな”

親父と交わした約束


おふくろは白いハンカチを目頭に当て、深く深く頷いた


きっとこの涙は悲しいだけの涙じゃない



『おふくろ、一緒に親父を行くべき場所に送ってあげよう。』


『そうね』

泣き晴らしたはずの顔が笑顔になった


これから秋が来て、冬が来て、春が来て夏が来る

暑い夏は何度でも、何度でも訪れるだろう


俺は手に握りしめた千円札を見つめ、おふくろに言った



『明日風鈴を買いにいこう。
綺麗な庭が見える縁側に俺の風鈴と並べてさ。』

『そうね。きっとお父さん喜ぶと思う。風鈴の音大好きだから』


親父が大切にしていたお土産の風鈴と

俺がこれから大切にする明日買う風鈴


明日からはきっと音色は色濃くなって、セミの声なんかに負けないと思う


毎年、毎年あの縁側に風鈴を出して親父が好きな庭を眺める


風が吹き、風鈴が揺れたら親父は『綺麗な音だな』って言ってくれると思う

耳の奥でチリン…と音が聞こえた気がして俺は空を見上げた


“あつし後悔しない人生を送れよ”

そう親父が言ったみたいに風が体を吹き抜けていった


『……よし』

親父という偉大な人から貰った大切なものを背負い、俺は公民館に着いた



忘れられない夏

暑い暑い夏の日の出来事だった


【完】