僕が、ちょこまかと動く、直斗を捕まえられず。

 イラついて、とうとう、吠えた時だった。

 寝室の扉が、カチャッ、と開いて、新たな人物の声が聞こえた。

「まあ、まあ、楽しそうだこと。
 この分じゃ、今日も大丈夫そうね?」

「シェリー!」

 ひょこっと顔を出したヤツは、早瀬倉 志絵里(はせくら しえり)だ。

 もともと、シェリー・ヴァルトヒェン・霧谷っていう名前だった彼女は。

 僕の昔からの知り合いだった、早瀬倉って言う男と結婚して、名前を日本語みたいに、変え。

 直斗を生んだあと、旦那を仕事場で亡くしてしまったんだ。

 それから、四年経ち。

 旦那の遺族年金と労災保険で食っていけるにもかかわらず。

 ヒマだから、と最近仕事を始めたそうだ。

 どんなに、ヒマでも、新しい男を作らず。

 相変わらず『早瀬倉 志絵梨』を名乗り続けていることと。

 実兄のハインリヒと旦那の二人から、僕のコトを色々聞いても。

 たじろがなかった度胸と根性の座り具合が、僕はキライじゃなかった……けども。

 こいつの息子の直斗だけが、超苦手だった。

 それに、土曜日は、いつも預けている幼稚園が休みだからって。

 子供の面倒なんて見たことのない。

 他人の僕に、息子の世話を押しつけ、趣味の仕事に出かけようっていう母親が、どこに居るんだ!

 トラブルの元を見つけて、僕はずんずんシェリーに近づくと、抗議の声を上げた。

「全然、大丈夫じゃねぇ!
 今日と言う今日は、もう、こいつの面倒は見ないからな!
 自分の息子を連れて帰れよ!」

「あらまぁ、困るわ。
 今日は、土曜日だけど、外せない会議があるのよねぇ。
 螢ちゃんに、直斗を預けようと思ったのに」