一方のフレイル国。
王は少し後悔していた。
最初に会った時から、あの場面で笑えるレックスが恐ろしかった。
レックスの眼の奥に潜む何かが恐ろしくてたまらなかった。
しかし、それに怯えて結婚を承諾したわけじゃない。
ノワール王国を簡単に手に入れることができるという事もある。
だが何よりも大きな理由がレックスの恐ろしさに対する浅はかな考えだった。
「……父上、どうかなさいましたか?」
気遣って声をかけるエリック。
彼は簡単に結婚を受け入れてくれた。
恋人も長らくできないからちょうど良かったとおどけても見せてくれた。
「いや、なんでもない。なんでもないのだ……」
あの男の恐ろしさ。
それは恐ろしいと思うことと同時に、とても魅力的に思えた。
彼をうまく飼いならす事が出来たならそれは国にとって非常に役に立つ。
レックスの目は、目的のために手段を選ばない目だ。
人をだます事も、脅す事も、傷つけることも、そして殺す事も。
目的のためには、何人泣こうと何人血を流そうとそれをいとわない。
そんな目をしていた。
国の影の力として機能すれば、それは大きな力になる。
反乱因子を潰す事も、小国を手に入れることも、対立者を失脚させることも。
どんな汚い手段でもあの男は実行し、結果を残す。
最高の汚れ役。
あの男を飼いならそう。そう思って結婚を承諾した。
しかし、その考えは甘かったのだ。
結婚の返事を告げた時、レックスは喜んだ。
いつもの笑顔を浮かべていた。
そしておもむろに国王に近づき、小さな声で囁いた。
兵士たちにも大臣にも聞こえない小さな声で。国王にしか聞こえない声で。
「手間が省けました」
その言葉を聞いた瞬間に、背筋が凍った。
直感で、この男は危険だと感じた。
自分が思う以上にこの男は恐ろしいのだと悟った。
しかし、返事を出した以上はもう後には戻れない。
断ったとしたら、どんな事が起ろうか分かったものじゃない。
それからしばらくした頃に、それは確信に変わった。
エリックの婚約者候補が立て続けに事故に巻き込まれていたことが発覚した。



