「あっ、ちょっと」


あたしはスマホを胸に抱き止めた。


「ごめん。急ぐからさぁ」


彼は踵を返し駆け出した。


でも、すぐに立ち止まり、振り向く。


「いいね、陽妃。慎重に、慎重に」


「へ? 何が?」


「この丘さ。下る時は転ばんように。慎重に! いいね!」


まったく。


心配性にもほどがある。


「いいね!」


「はいはい」


あたしはクスクス笑いながらうなずいた。


彼は再び駆け出す。


あたしは思わず、その背中を呼び止めた。


「海斗!」


振り向いた彼は、真っ黒な優しい瞳で微笑んだ。


「5時には帰ぇるさ。一緒に夕餉しようね」


「うん」


あたしが微笑み返すと、海斗は一目散に丘を駆け下りて行った。


何度も何度も、何度も、あたしの方を振り返り、手を振りながら。











あれは、3年前の冬。


あたしは仕事の都合で、東京ではなく雪の町にいた。


転勤先の北海道。


札幌という美しい街。


彼が生まれたところ。


12月。


日が暮れ、夜が訪れはじめた札幌の街の片隅で、あたしたちは再会を果たした。


――約束、覚えてるかね


それが、彼の第一声だった。