恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~

その声に、ハッと我に返る。


ばか。


あたし、今……何しようとしてた……。


粟立って逆流していた血が、引き潮のように静かに引けていった。


「海斗ー!」


声がする方を見ると、浜の入り口にひとりの女の子が立っていた。


グレーのスカートと、ベスト。


白い半袖のワイシャツに、臙脂色のネクタイ。


紺色のハイソックス。


「もー! 先生、待っとるばあー!」


黒い髪の毛をポニーテールに結って、紙袋を持つ右手を大きく振っていたのは、あか抜けて綺麗になった彼女だった。


「葵」


その名前を呟いて手を振り返した海斗から、あたしはそっと目を反らすしかなかった。


あたしの知らない、男の人だった。


幸せをかき集めたような顔なんて、見たくなかった。


「陽妃さん」


うつむくあたしに、海斗は言った。


「陽妃さんに報告があって」


あたしはごくっと唾を飲み込んだ。


唾が喉に引っかかって窒息しそうだ。


こんな時に限って、急に静かになる波音。


「おれたち、付き合っているんです」


日常から、一気に奈落の底に突き落とされる。


胸がわけもなく震え、激痛にのた打ち回り、そして、突き刺すような痛みはゆっくりと通り過ぎ、あとに鈍い痛みだけを残した。


「そう、なんだ」


底知れぬ喪失感をやっとの思いで振り切って、あたしは顔を上げて微笑んだ。


「おめでとう。仲良くね」


「ありがとうございます」


まさか、よりによって海斗の笑顔に打ちのめされるとは思っていなかった。


海斗の幸せそうな笑顔に絶望を感じる日が来るなんて。


考えたこともなかった。


残酷なのか、皮肉なのか。


本当は泣いてしまいたい。


でも、泣くこともできないほど、あたしは打ちのめされてしまった。


「もー! 海斗ー!」


行くよー、と急かすように叫ぶ葵ちゃんに、


「今行くってー!」


返事をした海斗が「行きましょうか」と微笑んだけれど、あたしは首を振った。