恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~

現実と戸惑いは、あたしの予想を遥かに超えるものだった。


記憶が抜け落ちてしまった海斗とのコミュニケーションの取り方は難しく、戸惑うしかなかった。


それはあたしに限らず、美波ちゃんもおばあも、葵ちゃんも同じだった。


覚悟はしていたつもりだったけれど、記憶喪失になった海斗に誰もが戸惑ってばかりだった。


自身のことと家族以外の人には全く覚えがなく、あたしたちに話しかけられると海斗は脅えるような顔をした。


戸惑うあたしたち以上に、海斗も相当戸惑っているようだった。


学校までの道順も忘れてしまっていた海斗には、常に葵ちゃんや同級生たちが付き添うようになった。


海斗は遅れを取り戻すために毎日、放課後は居残りをして勉強しているようで、帰りが遅い。


「陽妃さん。待ってたの。聞いてくれますか」


あの日以来、あたしたちは普通に話す仲になって、学校から帰ると時々、バス停で葵ちゃんが待ってくれている日もある。


「最近どう? 何か変化あった?」


返事はいつも同じだった。


「特に何も。やてぃん、最近や少し落ち着いて来たみたい」


「そっか」


「やしがさ、すごいんだしさ。海斗、もともと勉強できるんだけどさ。ちゃんと授業について来れるようになったんだしさ」


他のことは全然やしが、と肩をすくめながら葵ちゃんはあたしに近況報告をしてくれるのだ。


勉強以外のことは全然思い出せない海斗に、葵ちゃんは相当困惑しているようで、日に日に疲れ顔になっていくのが分かる。


「この時期になって成績が落ちてしまったのさ……」


毎日いろんなことを聞かれ、海斗を混乱させてしまわないように言葉を選びながら接しなければならない日々に疲れているようだった。


それは、美波ちゃんも同じようだった。


はじめのうちは「きっと思い出してくれる」と元気な笑顔を絶やさなかった健気な美波ちゃんも、日を追うごとにさえない表情が増えていった。


「にぃにぃさ、毎日、勉強ばかりしてさ。部屋から出て来ねーらん。変なことばかり言うしさ……」