恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~

脳には海馬という記憶や空間学習能力に関わる器官があるそうだ。


もしかしたら、頭を強打した際に損傷しているかもしれない。


と、担当の医師は言ったらしい。


――記憶喪失なんだってさ。記憶やアチャー(明日)戻るかもしれねーらんし、1年後かもしれねーらんし。それや分からねーらんやしが


――一生、戻らねーらん場合もあるって


――なあ、陽妃ちゃん。あヌ子……海斗や何で――









汽笛が高らかに鳴り響いた。


いつの間にか、船室を飛び出して行った親子が戻って来ている。


「スグル、ハヤト、もうすぐ着くから座ってなさい」


「「はーい」」


「お母さん、腹減ったー」


お兄ちゃんの方が言うと、ガイドブックを見ていた父親が言った。


「おい、スグル。今日泊まるとこの近くにソーキそば屋があるぞ。夕飯はソーキそばにしよう」


「えーっ! 嫌だよ、ソバなんて。オレ、ハンバーグが食べたい」


「オレも! びっくりドンキーの。目玉焼きが乗ってるやつ」


あんたたちねえ、と母親は呆れ顔。


「ハンバーグはいつでも食べられるじゃない」


まもなく、フェリーが船着場に着くらしい。


こんな時だっていうのに冷静なあたしは、どこかおかしいのかもしれない。


今、海斗が大変な時だっていうのに。


特に悲しいわけでもないし、1滴の涙もでやしない。


ただ、心にぽっかりと穴が空いてしまって、ただただ、ぼんやりしてしまうだけなのだ。


フェリーが船着場に着いたみたいだ。


乗客が出口へ続くデッキへゾロゾロと向かって行く。


あたしはその様子をぼんやり眺めたあと、一番最後にデッキへ出た。


きつい西日にたまらず目を細める。


台風の影響で島に逗留していた人たちだろうか。