恋蛍~クリアブルーの風に吹かれて~

「海斗が謝ることないよ」


海斗があたしに謝る必要はないし。


あたしには、海斗に文句を言う権利もない。


「海斗、何も悪いことしてないじゃん。だってさ……だって、あの……」


やだな。


泣きたくなってきた。


パシャ、と音がして、反らした視界の片隅に海斗のつま先が見えた。


「陽妃」


ドキ、と心臓が跳ね上がる。


スッと海斗の手が伸びてきて、あたしの右手にわずかに触れた。


「なんでこっち、見てくれねーらんか」


あたしはとっさに右手を引っ込めた。


「えっ……」


驚いたような、海斗の声。


あたしの手を掴もうとした海斗の手はそのまま行き場を失って、空を掴んだ。


「あ……」


自分でも、どうして拒んでしまったのか、分からない。


沈黙が流れる。


辺りは雨の音だけが響いている。


風もなく、ただ、雨の音だけが。


やがて、海斗の低い声が落ちて来た。


「……なんかおれ、ばかみたいだね」


顔を上げると、海斗は左手を見つめてうつむいていた。


雨が、海斗の手のひらを叩く。


「ひとりで舞い上がっていたんかね、おれ。やっと……陽妃との距離縮んだ気がしてさ」


低い声が震え始めた。


「自惚れとったんか。おれひとりでさ」


「あ……海斗、あの」


「恥ずかしいね、おれ」


「海斗」


雨に叩かれる海斗の手に触れようとして、手を伸ばす。


「おれ、勘違いしとった」


海斗はまるであたしを拒否するように、うつむいたまま一歩あとずさった。


海斗の手に触れようとしたあたしの手は行き場を失い、雨を掴んだ。


「陽妃」


ゆっくり、本当にゆっくりと顔を上げた海斗を見て、あたしはもう何も言えなくなってしまった。