「陽妃に幸せになって欲しくてさ。陽妃に、カフーがくるように」


と、海斗がくすぐったそうに肩をすくめた。


海斗は、いつも、透明だね。


そうやって、いつも、あたしの心を浄化するんだね。


なのに、あたしは……。


「ごめんね、海斗」


唐突に、説明しようのない感情が込み上がって、


「ほんと、ごめん」


あたしはストラップを両手で握り締めてうつむいた。


あたしは、海斗に、何ができるだろう。


何を返せるだろう。


こんなどうしようもないあたしに、優しくて清潔でやわらかな光をくれる、このひとに。


何をしてあげられるだろう。


「……ごめ……」


一気にあふれて止まらなくなった涙が、ぽちょぽちょと水面に落ちる。


「はーっさ! 何でさぁ!」


慌てた様子で海斗があたしの顔を覗き込んでくる。


「なんで陽妃が泣くのさ」


「……ちがうの」


あたしはふるふると頭を振って、顔を上げた。


「海斗の話聞きながら、苦しくて……けど、何でこんなに苦しいのか、分かんなくて」


もがいていた。


「陽妃……」


ストラップを握り締めるあたしの両手を包み込むように、海斗の両手が重なる。


「でも、分かったの……やっと。今、分かった」


あたしはめそめそ泣きながら、海斗を見つめ返した。


「あたし……受け止めたかったんだよ」


「……え?」


首を傾げた海斗が、目をぱちくりさせる。


海斗の過去を聞きながら、あたしはずっと、もがいていたのだ。


「あたし。海斗が必要なんだよ」


海斗の過去を受け入れようとしてもがいていたんじゃない。


受け入れたくてもがいていたわけでもない。


このミステリアスで真っ黒な瞳に隠されていた暗闇も。


なぜかいつもひんやりつめたいこの手が求めていた、ぬくもりも。


「いないと困るよ……海斗がいないと、困るよ」


過去の海斗も、こうしている今の海斗も。


そして、未来の海斗も。