「狩るには何事も準備が要る。山田や田山に恐怖心を植え付けたのも準備段階なら、嘉藤に濡れ衣を着せたのもまた準備段階。
下準備は念入りにしないと狩りだって上手くはいかないさ。
恐怖心はより恐怖心を煽るために。
濡れ衣はより疑い深くさせるために。
準備を徹底的にするのもまた手だろ? なあ、ミヤ」
「まあな。幸いなことに双方チームの動きは手に取るように読めているしな」
「だっよねぇ。いい仕事をしているよ、エリマもシュンも」
俺はキヨタの腕を引いた。
弾かれたようにこっちを見てくるキヨタに胸ポケットからボールペンを差し出し、筆記をする動作を示す。
今の俺じゃ手が震えてペンを落としそうだ。
理解してくれたキヨタは生徒手帳のページを適当に開いてメモを始める。
「エリマ。変わりはない?」
「ないんだけど、カズサ。だからエリマ、超暇なんだけどぉ?」
エリマはギャルなのか? 喋り方がギャルっぽいし声はオンナだ。
「シュンは?」
「あんからも言うことはない」
こ、この特徴的過ぎる一人称はっ。
視線を合わせる俺達を余所に、里見はふーんと鳴らし、「舎弟達は従順?」と質問を重ねる。
「ああ」返答するそいつは、とても従順だと意味深に返事。それは良かったと里見は笑声を漏らした。
「従順なほど利用できるからなぁ。シュンはそういう兄分を演じるの、すこぶる上手いし。頼りにしているよ」
「フン、兄分か。いつになったら解放されるんだか」
「もう少しの我慢だって」里見の宥めにも、そいつは不機嫌で生返事するだけ。
ちょ、どういうことだ。
あいつは好き兄分を演じているだけなのか?
だってあいつ、あいつ等は、兄分の背を我武者羅に追い駆けて…、え、あいつはなにを言って。
里見達以外にも聞こえる男女の声。
でも名前は分からない。
暫くだべった後、そろそろバイト先に戻ると里見が切り出した。
お開きにしようと手を叩いて仲間達らしき奴等に声を掛ける。
よって今度こそ里見達が駐車場から姿を消した。
それでもまだ動けないのは、まだ壁の向こうで気配を感じるから。
はぁっと格子の隙間から聞こえる溜息と、「舎兄か」本当にいつ、解放されるんだろうな…、哀愁を含ませた台詞は空気に溶け消えていく。
「不良の舎兄なんて、早く終わればいいのにな」
利用するだけ利用してやる、嫌悪を交えた声は鋭くなるばかり。



