かぶりを振ってケンは先を急いだ。ついには駆け出してしまう。

「マラソンじゃと?!」

頓狂な声を上げるアキラに。

「すみません!」

でも怖いんで一緒について来て下さいとケンは振り返らず声音を張った。

ケンはまだストーカー事件を引き摺っているのである。
 

「勝手な奴ジャーイじぇりあ! まったく、ワシ帰りたいぞい。
っ、て、ケン! 置いて行くんじゃないぞい! だぁあもうっ、ケーン! 冗談じゃから速度を落とせー!」


やれやれと溜息をついたアキラは見る見る距離をはなしていくケンに気付き、慌てて地を蹴ったのだった。
 
 

ケイの家まで残り僅かと迫った時のことである。

住宅街を走っていたケンは一軒のアパートに入ろうとしている向こうのチームメートを見つけた。

あの金髪少年は確か、荒川のことをこよなく愛している(語弊)不良だったような。

スーパーにでも行っていたのか、手には買い物袋が提げられている。


「モトじゃいのう」


アキラが口笛を吹いて相手の名前を紡いだ。

 
「荒川のわんこー! わーんちゃーん!」


連れが余計な呼び掛けをしてくれたおかげで、向こうはドドド不機嫌でこっちに視線を流してきた。

「ゲッ。アキラさん」

睨んだ相手が自分の敵わぬ相手だと気付くや否や、そそくさとその場から立ち去ろうとする。

ケンは慌ててモトを呼び止め、彼に駆け寄って自分の目的を相手に話した。

べつに喧嘩をしにきたわけではない。
ただ昨日のメールとその後のことを教えて欲しいのだ。

ケイが家にいない可能性もあるため、チームメートからまず情報を仕入れようとケンは考えていた。

ぶっきら棒にでも大丈夫だと言ってくれる、そう信じていた。


しかし。




「ケイは…」




表情を曇らせるモトにケンは言いようのない不安を感じる。

「なあ」

あんたって確かピッキングできるよな?

モトは突拍子もない質問を飛ばしてきた。


肯定の返事をすれば、ひとつ頼みがあるのだとモト。

その瞳に宿した哀切にケンはただただ息を殺すしかできなかった。