あの人という単語にモトは表情を曇らせる。
彼の指すあの人はいつの間にか部屋から消えていた。
ワタルがその背を見ていたらしく、「煙草を吸いに外にいるぴぃ」と親指で玄関の方角を指す。
「こんな空気だったよねぇ。ハジメちゃーんが消えた時もさ」
「ゲッ。蒸し返すなってワタル。僕の居心地が悪くなるだろ?」
だーって本当のことだし?
ケラケラ笑うワタルはワタルなりに重たい空気を霧散させようとしているのだろう。
便乗するシズは、数日間は胃に穴があくようなストレスを感じていたと肩を竦める。
「あの時も」
ヨウちゃんが一番責任感じてさ。
無理していたんだよね…、ワタルは煙草をタコ沢に投げ放った。
唐突の行為にも動じず、煙草の箱をキャッチしたタコ沢は眉を潜め、「ライターは?」と聞いてくる。
「へいほー」
百円ライターを放るワタルは、どうしようかねぇっと頭の後ろで腕を組んだ。
「あの時のヨウちゃんを支えたのは、舎弟のケイちゃんなんだよね。ケイちゃんがいたから、ヨウちゃんは暴走せず終わったけど…、あのまま放っておくと不味いっぴんちんぐ」
「ヨウは…、熱くなると周りが見えなくなるからな。一度言い出したら、聞かない…頑固な面もある。それで手を焼いたことも多々だったが。
ああなったら…、あいつとは体を張って…、接しないと。だが自分じゃ…不適任だ」
「あ、にーげたにげた。シーズちゃんにーげーた」
煩い、鼻を鳴らすシズは自分がその役を担えばいいじゃないかと皮肉を零す。
「ジョーダン!」
ワタルはおどけてみせた。
自分がその役を任されたら、止めるどころか便乗してしまう。
しごく真面目な本音である。
「ヘラヘラだけでも笑っているけどさ」
僕ちゃん、これでも怒り狂いそうなのだとニッコリ。目は笑っていない。
仲間を甚振られて余裕でいられるほど自分も精神的には強くない。
ハジメの一件だって理性で暴走を押さえつけていたのだから。
「田山は…、お前に任せたのだろ? 嘉藤」
それまで静聴したいた利二がモトに視線を流し、「さっきのメッセージ」あれはそういう意味なのだろう? と真意を尋ねる。
なんで分かるのだとモトは顔を顰め、「ケイもめちゃくちゃだぜ」ガリガリと頭部を掻いた。
「オレがヨウさんを支えろとか。なんでオレっ…、いやヨウさんは好きだし尊敬してるけど」
「田山はお前とは好敵手だと言っていた。だからこそ、任せたんじゃないか? 弟分のお前なら、きっとやれると思ったんだろう」



