「ケイ。迎えに来た…、ケイ」
 

優しく頬を叩いて舎弟に声を掛ける。

何度かの呼び掛けにより、舎弟は微かに睫を震わせた。

ゆっくりと瞼を持ち上げる舎弟は、瞬きを繰り返し、「ん」と声を漏らす。



「遅くなってごめん」



いっつも俺はテメェのピンチに間に合わないな、泣き笑いを向けるとようやく舎弟は焦点をヨウに定める。


「俺が分かるか?」

ゆっくりとした口調で声を掛けると、舎弟は微かにだが嬉しそうに笑い、その頬を崩した。

大丈夫だと言いたかったのだろうが、声は掠れるだけ。意味を成さない。


それでもヨウにはちゃんと伝わった。
ちゃんと伝わってきたのだ。


自分を信じて待っていてくれたのだ、舎弟は。


「体調崩したって聞いた時、すぐ電話してやりゃ良かったな。テメェの声を聞けば、仮病かどうかすぐ分かるんだ。電話にしてやりゃ良かった」

  
テメェが学校に来ないから二日間、退屈でしょうがなかった。

他愛も無い話を相手にぶつけると舎弟はまた笑みを零してくる。



「よ、う」



ようやく振り絞った声と共に空いた右手を持ち上げ、舎弟はブレザーに手を突っ込むと水分の含んだ生徒手帳を差し出してきた。

受け取って欲しいのだろう。


ヨウは生徒手帳を受け取った。

きっと意味があるに違いない。



「あ、めだ」



舎弟は真っ暗な空を見つめて雨が降っているとぼやく。

負けず嫌いの誤魔化しなのだと気付いていたため、「酷い雨だな」と泣き笑い。

声を漏らす舎弟は、顔を歪めてヨウのカッターシャツを掴んだ。


また利用されてしまった、弱いばかりに。


そのことを詫びて詫びて…、ヨウはやんわりそれを拒絶。お互い様だと返した。


そう、いつもピンチに間に合わない自分がいるのだ。

だから舎弟の詫びは不要なのだとヨウは苦々しい笑みを深める。