「習字教室にさ」俺の弟がいるから、お題は弟に渡して、と返答。
途端に堤さんは満面の笑顔で綻んだ。
「あ、ありがとうごさいます先輩!」
「熱意に負けたよ。でも、約束してくれよな。匿名のこと、そして勝負はさせないことの二つ。それを聞いて話を呑んだに等しいから」
「はい! ちなみにですね書いて欲しいもの、一応リストアップしてるんです」
ンマー、用意がいいこと。
微苦笑を浮かべる俺は堤さんからメモ紙を受け取る。
「一度書いたことあるヤツですよ」と言われるけど、「うっわ」俺は声を上げた。
春水滿四澤
(しゅんすいしたくにみち)
夏雲多奇峰
(かうんきほうおおし)
秋月揚明輝
(しゅうげつめいきをあげ)
冬嶺秀孤松
(とうれいこしょうにひいず)
こ、これ漢詩じゃん!
陶 淵明(とう えんめい)の四時歌(しいじうた)じゃんかよ!
あ、ちなみに四時ってのは春夏秋冬の総称。陶 淵明ってのは中国の古い詩人さん。
その詩人さんの一番有名な詩は『飲酒二十首飮酒の其五』って作品らしい。
うん、習字の先生が好きだったから覚えさせられた。
詳しいことは分からないよ、俺、興味なかったから。
説明の度に妄想ネバーランドでピーターパンとお空飛んでいたよーなー。
時々フック船長とバトっていたかもしれない。
それにしてもさ、嘘だろ。まさかの漢詩?
メンドクサイのを持ってきたな。
春夏秋冬全部書けなんてくるとは思わなかったんだけど。
「えー」これ全部? 唸る俺に、「もっとムズカシイのありますけど」そっちがいいですか? 堤さんがニッコリと笑顔で脅してきた。
なるほど、これでも簡単なものを選んできてくれたわけね。
それには感謝感謝ですよ、はい。
「字体と期間は?」
「行書で十日以内が期限です。出展までさほど時間もありません。時間が掛かると思いますけど、お願いします」
「分かった。メアド教えといて。書き終わったら連絡する。作品は浩介に持たせて習字教室に持っていってもらうから。
此処まで取りに来るよりはそっちの方が気が楽だろ? 十日以内か、結構厳しいな」
「だから早く快諾してくれた良かったのに」



