夕空の下。


「どうしよう」


深い溜息をついて、浩介は習字道具を片手に一歩、また一歩、道を進む。


彼は今、小さくも大きい悩みを抱えているところだった。

眉をハの字に下げて顔を顰めている浩介は二度、三度、溜息をついてやっぱり頼まれるんじゃなかったと頭を抱える。


傍から見ても相当悩んでいることが分かる彼は、気が重いと愚痴を零してうんぬんうんぬん泣き言を口ずさむ。
  

「これを言ったら、兄ちゃん…、絶対にショック受けるよね。だけど伝言、頼まれちゃったし」
 

腹を括って早めに伝えるしかない。伝えなかったら自分の身が危ないし。
 

もう家に帰っているだろうか?

最近の兄は帰りが八時過ぎになることが当たり前だから、きっと家にはいないだろう。

携帯を持っていればいいのだが、生憎自分の携帯は持っていない。兄にメールするのならば、父か母の携帯を借りなければ。


「お母さん帰ってるかな」


働きに出ている母の帰宅時刻を脳裏に思い浮かべる。

運が良ければ帰っているだろうけれど、買い物をして来ている可能性がある。


大袈裟に溜息をついて、浩介は伝言などなかったことにしたいと嘆いた。

こう見えてちゃんと兄思いの浩介は、頼まれた伝言内容の重さと想像できる兄のリアクションに肩を落とす。

できるだけソフトに物事を持っていきたい、と幼い気遣いを抱きながら大通り一角の信号で足を止めた。
 

どうやって兄に伝えよう、悶々と悩んでいると、自分の隣に誰かが立った。
 

然程気にしていなかったのだが、自分と同じように重そうな溜息をついていたものだからつい視線を流す。

「あ」浩介は瞳に光を宿らせた。

隣に並んできたのは、常にぼーっと眠そうな顔を作っている不良。


周囲は彼を避けているが、浩介の認識では“遊んでくれる素敵な兄ちゃんの友達”と定められているため、大喜びで不良に声をかけた。


「静馬兄ちゃん!」
 

彼は弾かれたように視線を下げてくる。