後ろから頭部を軽く小突かれる。


「逃げるんじゃねえよ」


これは俺と、お前と、チームの問題だろ、ひとりの問題にしてんじゃねえよ、限りなく穏やかな声音で諭される。

これはチームの問題、蓮ひとりの問題ではない。


だからチームに戻るべきじゃなかったとか、なんとか言って逃げるんじゃない。



「お前も俺も決めただろ、再スタートしようって。何かある度にお前、それを理由にして逃げるつもりか? おりゃあ、そんなの寂し過ぎるぜ?
……蓮、なんかあったら、背負い込むんじゃなくて相談しろ。なんのためのチームだ。なんのための、舎兄弟だよ。なあ、蓮」
 

 
いい加減ひとりでカッコつけるなんて真似、捨てたらどうだ。


おどけ口調で毒づかれるがそこには確かな優しさが含まれている。

戦慄く唇を噛み締め、頬を伝い落ちていく雨粒と、おのれの感情の籠もった粒に嗚咽が漏れた。

そう、自分は逃げたかっただけなのだ。

何か口実を付けて、この現実から逃げたかっただけ。


本当はチームに戻って良かったと思っているし、これからもチームに身を置きたいと思っている。

皆と一緒に過ごしたいと思っている。


ただ“エリア戦争”ですべてが丸く治まったわけではないこと、去った仲間のこと、楠本のように居場所を失った者がいること。


現実という現実が今の自分には重過ぎて、逃げ出したくなったのだ。

向かい合うことが怖くて仕方がなかったのだ。
 

自責が一番の逃げだったのだ。

 

「っ…、なにがただしくて…、なにがまちがいか…っ、もう分からないです…和彦さん」
 
 

ようやく振り返る勇気を抱いた蓮は、傘も持たず自分がこっちを向くまで待ってくれた舎兄に吐露する。

なにも分からない。正誤さえ判断ができない。


どうして楠本がわざと手を放したのか、どうして自分は助けられなかったのか、どうしてこんなことになってしまったのか、なにも分からない。


「ただ俺は」


気兼ねなく心が置ける皆と一緒にいたい、そう思っていただけ。


“エリア戦争”の頃から、いやそれ以前から願っていただけなのに。


何処で間違えた。
自分は、自分達は何処で間違えてしまったのだ!