おかしいと思った。あんなに存在を恐れながらも、どこかで思い出を愛しく想い返す私がいる。
(…思い出なんて、なんの意味もないのに)
そう、思い出に価値なんてないのだ。
特に恋人同士の思い出なんかは当人の記憶にしか残らない、曖昧で不確かなもの。
終わってしまえば、セピアに色褪せていくだけ。
それなのに厄介なのは、薄れても確実に後を引いて残るそれだ。
相手が丸きり忘れてしまったって、たとえ相手がこの世に居なくたって――価値もなく在り続ける。
(…もう、存在理由はないのよ?)
そんな風に自分の記憶に語りかけて、理性でそれを封じ込めようとする。
そんな自分を虚しく感じた。
『…やっぱり、少し飲もう』
堂々めぐりの思考に嫌気がさしてワインボトルに手をかけた。
ポンッ、と小気味良い音がしてコルクの線が抜ける。
赤ワインの熟成された濃い香りがツンと鼻腔をついて上品で気取った感じのそれにガッカリした。
リカが退院できる喜びで舞い上がっていたときとは違い、もう今の気分でワインは選択ミスだった。
『ビールにすれば良かった…』
今は一気飲み、そうやけ酒の気分。
「――1人で飲むの?」
ビクリ、背中が震える。
完全に我を失って不機嫌露わにワインを注いでいた。
けれどその穏やかな声に一瞬で現実に引き戻される。


