今となっては、当時の彼にかけてあげるべき言葉がたくさんあったんじゃないかとも思う。
大学を追われた神谷はすべてを失い、残ったのは噂という汚濁に飲まれていない年下の私だけだったのだ。
だからこそ、彼は私を失うことを恐れた。裏切られることを。離れて行ってしまうことを。
将来も今もなかった彼に自信なんてものが残っているわけもなく、極度の束縛――という方法で私を繋ぎとめるしかなかったのかもしれない。
――彼の束縛が一段と激しくなり、私がまだ彼の実情をまったく知らされていなかったころだった。
「ぼくね、すきな人ができたかも」
いつものように陵の家に行くと、開口一番ににっこり笑って陵は私にそう言った。
『えー!ほんとに?陵でもそういうことってあるんだ』
「うん。あるよ」
『女の子、…だよね?』
「うん」
陵は粉末飲料の粉をスプーンで食しながら、窓の外を見ていた。
彼の偏った食事に関しては、旧知の仲である私にとって気に留めることでもない。
『つきあってるの?』
「うーん。どうだろう」
陵は残りの粉を一気に口に注いで、随分な濃度であろうそれを噛みしめていた。
本来は水で薄めるのだから、その濃さは相当なものだろうと顔をしかめたけれど、本人はまったくポカン、としていた。


