陰陽寮に戻った二人を出迎えたのは保憲だった。

「申し訳もございませぬ、ついかっとなって仕事中に…」

 平謝りするりいを、保憲が止める。

「気にしなくていい。何せ晴明がずっとあの状態でな。何を言っても全く効果がないもので、渇を入れてくれて助かった」

「はあ…」

 最初からそのつもりで二人を外に出したのだろうか。

 疑問を抱くりいをよそに、保憲は晴明に向き直った。

「どうだ、わかったか?」

 晴明は苦笑いで頷く。

「かなり、痛かったですけど」

「わ、悪かったなっ!」

 思わず口を挟んだりいに、晴明はからからと笑う。

 保憲もどこか満足げに二人を見ていた。


「…さて、気が晴れたところで、お前の仕事はまだ大量に残っているからな」

 保憲が晴明に声をかけ、晴明が露骨に眉を寄せた。

「書類は嫌いなんですってば」

「ほう?では何か好きな仕事があるのか?」

 今にも青筋を立てそうな保憲に、晴明は笑顔で返す。

「物忌で家にこもっていることですけど?」

 そんなやり取りを聞きながら、りいはまたも引っかかりを覚えた。

 何かを忘れているような気がする―――。

 そもそも昨日、万尋と会う前に自分は何をしていたのだったか…

 りいは記憶をたどり、そして、大変に重要なことを思い出した。


「晴明っ!少しは役人としての心構えを…」

「あ…詮子様!」

 思わず保憲の説教を遮って、りいは叫んだ。

「…ん?」

「詮子様?藤原の姫君がどうかした?」

 二人がこちらに目を向けてくる。

 そうだ、昨日はそもそもそれが問題だったのだ。

 なぜ忘れていたのか。


「…お二人に、お話ししたいことが」