最高神官を黙らせ、王子は再び早足で神殿の奥に進むと、いまだ鳴り響く鈴の音に、踊るように聞き入っているトランス状態の神官どもの間をすり抜け、祭壇の前に立った。
海の神トゥバンの像の前に置かれた、一振りの神剣を掴む。

「我がエルタニン王国の主神、偉大なる海の神トゥバンの御名において、今このときより王位を我、ラス・アルハゲが継承する」

五人の神官による神からの祝福をすっ飛ばし、鈴の音が鳴り響く神殿内に、王子---ラス・アルハゲの声が響き渡った。

追いかけてきた最高神官は、その姿に息を呑んだ。
この国特有の、浅黒い肌に、後ろで一つにまとめた艶やかな黒髪。
濡れてぴたりと肌に貼り付いた薄衣からは、細身だが猛獣のような無駄のない引き締まった身体が窺える。
数多のろうそくの光に照らされた、壮絶なまでに整った顔は、祝福などという曖昧なものではなく、神そのものが降臨したかのようだ。
だが、整いすぎた姿形は、返って禍々しくもある。

本来五つの祝福を受けた後に、最高神官より授けられる神剣---王家に代々伝わる宝剣を、自ら掴んだラスは、最高神官が唱える継承の文句も自ら唱え、宝剣の柄にあしらわれた、大粒のスターサファイアを、形式通り額に当てた。

その瞬間、突如として、鳴り響いていた鈴の音が、ぴたりと止まった。

『竜の頭を持つ者よ。あらゆる呪いの解放を。もがれた片翼は青の中に。残る片翼は赤の中に。血と闇の中で、産声を上げよ』

その場にいた、誰の声でもない。
果たしてそれは、己の頭に直接響いてきたものか、その場にいた全員が聞いたものかも定かでない。

が、ラスには、はっきりと聞こえた。

祝福というには、あまりに不吉な、その言葉を。