エルタニン伝奇

重臣から、失笑がもれる。
ラスの言うとおり、あの女の言った計画がガストン伯個人のものなら、彼自身、取るに足らない人物だということだ。
ラスを頭から侮っているから、全ての詰めが甘い。
探索隊を襲わそうと用意している兵も、たかが知れるというもの。

「だが、イヴァン皇帝の言葉を全面的に信用したわけではない。後の軍は、別ルートで近衛隊を追う。万が一皇帝自身が陰謀を企てていた場合は、全軍を挙げて蹴散らしてくれる。それでなくても、氷の美姫探索に出た者は、帰らないというからな。遭難するにしろ、見張りのイヴァン兵に殺されるにしろ、我々までそのような目に遭うわけにはいかない。別働隊は、上空高くから近衛隊を追い、常に周りとの距離感を掴んでおけ」

武官全員が、「はっ」と返事をする。

「ラス様は?」

近衛隊長の言葉に、ラスは当たり前のように紙の中央をつつく。

「近衛隊は、俺が率いる」

「自ら前線に立つおつもりですか!」

驚く隊長に、ラスは声を張り上げた。

「ガストン伯だけでなく、イヴァン皇帝にも、なめた真似をされたのだ! このまま隊に引っ込んでおれば、それこそ奴らの笑いものだ。前線で戦になれば、ガストン伯であろうとイヴァン皇帝であろうと、そっ首打ち落としてイヴァン宮殿に送りつけてくれる」

今までにない気迫に、皆息を呑んでラスを見つめる。
逆鱗に触れるとは、まさにこのことだと、皆が思った。

彼らの主神・トゥバンは、喉元にある逆さ鱗に触れると、その者を殺すと言われている。
イヴァンは今、まさに逆鱗に触れてしまったのだ。