しばらくコアトルと暮れゆく空を眺めていたラスは、ふと微かに聞こえる声に、耳を澄ませた。

---歌?---

さらに船尾のほうに進むと、船の一番後ろの手すりに、メリクの姿があった。
手すりの上に座って歌を歌っていたメリクは、不意に足元に視線を落とすと、歌声を止めないまま、ぽんと手すりの向こう側に降りた。
そのまま身を屈め、海の中に手を入れる。

ラスはじっとその様子を見つめた。
メリクは外套も着けていない。
いつもの薄い着物一枚のようだ。

もっとも今まで彼女がどんな格好をしていたのかなど、ラスはとんと頭にないが。

色のない髪が、風に煽られ舞っている。
ちょっと船が大きく揺れただけで、呆気なく海に落ちそうなぎりぎりのところに蹲り、メリクは何かを取っているようだった。

ラスはメリクに近づき、海を覗いてみた。
何か、大きな影が見える。

「何をしている」

いきなりかけられた声に、メリクは大いに驚いた。
大きく跳ね上がった身体は、僅かな足場から離れてしまう。

「あっ」

小さな声を上げ、メリクは手すりを掴もうと手を伸ばした。
が、身体が傾ぐほうが早い。