エルタニン伝奇

思わずじっとラスを見ていたメリクは、ふと顔を上げた彼に、慌てて顔を伏せた。
ラスは特に何の反応も見せず、再びどさりと椅子に身体を落とした。

気持ちを落ち着けてから、メリクは立ち上がり、集めた書類をラスの前に置こうとして固まった。
ぶちまけたり、急いで拾い集めたりしたせいで、何枚かの書類はくしゃくしゃになっていたのだ。

「も、申し訳ありません」

小さい声で言い、メリクは一生懸命手で書類を伸ばしてみた。

ふぅ、とため息が聞こえ、メリクはびくっと手を止める。

「・・・・・・お前は何故、そう一生懸命働くのだ」

ラスからちゃんとした言葉をもらうのは、初めてである。
しかも、叱るわけでもない。

メリクはまた、恐る恐るラスを見た。
今の言葉は空耳だったのかと思うほどの無表情で、ラスは先程拾った書類に目を落としている。
答えるべきなのか困って、視線を彷徨わせるメリクに、再度ラスの声が聞こえた。

「そのように懸命に仕えたところで、俺から得るものなど、何もないぞ」

「ラ、ラス様がわたくしを厭うておられるのは、わかっております」

震えてしまう声で、メリクは答えた。
この半年で初めての、ちゃんとした会話だ。
ラスが、ちら、とメリクを見た。

「別に、お前を厭うているわけではない。神殿に仕える者、全てが嫌いなんだ」

すぐに視線を戻し、素っ気なく言う。

メリクは少し迷った。
ラスが神殿を嫌うのは、産まれてからずっと、己を呪いの王子だと影で蔑んできたからだ。
おそらく巫女を妃とした前王のことも、神官らは良く言わなかったのだろう。

両親のことを貶め、己の存在まで汚らわしいものと言われ続けてきたことが、ラスの心を頑ななものにしているのだ。