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 謙太は七月末に締め切りの日本ミステリー文学大賞の公募原稿を書き上げ、プリントアウトせずにメールで賞を主催している出版社に送ったようだ。


 <原稿完成したから送ったよ>とメールが入ってきた。


 あたしはそれを読んで、ようやく彼が一定の緊張状態から脱したことが分かる。


 数日後、謙太があたしのマンションに遊びに来た。


 あたしが扉を開け、彼を呼び入れる。


「疲れたでしょう?」


「ああ、まあな。……でもミステリーって面白いよね。想像の世界なんだけど」


「あたし、研究の合間に文芸雑誌読んでるけど、作家って仮になれたとしても大変な仕事だろうなって思う」


「まあ、確かにね。俺も覚悟してるよ。目の前の壁が高いのはね」


「やっぱし、謙太もそこまで腹括ってたのね。院を修士の途中で中退したぐらいだから」


「ああ。俺は結構マジでやるつもりだよ。この仕事が大変なのは分かってるし」