夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story

「引退した後、若奈のわがままに付き合ってたらいつの間にか卒業してた気がするなあ」


「ふうん。若奈ちゃんがねえー」


分かる。


少しどころではなく、今のあたしにはその当時の彼女の気持ちが痛いほど分かった。


若奈ちゃんもまた、ひたすら我慢していたのだと思う。


先輩の事が好きだからこそ、我慢したのだと思う。


自分は野球の次の存在である事を理解して、自分なりに受け入れて、必死に噛み砕いて、飲み込んで。


「信じらんないね。あの若奈ちゃんがそんなわがままだったなんてさ」


フフ、と吹き出すと、先輩は応援スタンドを見つめて懐かしそうに静かに笑った。


「まあ、な。でも、それくらい我慢させてきたのはこのおれだったんだよなって。そう思ったら、逆に愛しくなってさ」


あの強烈なわがままさえ、と先輩は穏やかな口調で添えた。


グラウンドでは、補欠に何かを告げた健吾がまた元の位置に戻って行った。


「だからさ、わがまま言って困らせるくらい、いいと思うぞ」


「えー……」


まるで、坂道を転がるように、芝生を夏の風が駆け下りて来る。


「あっ!」


帽子が風に押し上げられて、ふわりと浮きあがりそうになった。


「おっと」


それをそっさに押えて、先輩が笑った。


「それくらい我慢させてきたんだから、夏井は。翠ちゃんのこと」


「でもさ」


とうつむくあたしに、やや間を置いて、先輩が言った。


「大丈夫」


山車風のように、熱を孕んだ風がグラウンドに向かって降りて行った。


県立球場を揺らす大歓声とブラスバンドの大音響が、先輩の声をかき消そうとする。


「それくらいで嫌いになるなら、野球捨てようとしたりしねえよ」


今度は西の方角から東へ、ビュウッと浜風が吹き抜けて行った。


「……え……なに……?」


あたしは、自分の耳を、疑った。


浜風にさらわれそうになった帽子をとっさに押えながら。


「誰が……?」


あたしは、先輩を睨むように見つめた。