夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story

「他にはいないの? 翼っていう子もピッチャーなんだよね?」


聞くと、ああ、と先輩が苦笑いした。


「翼もな、いい投手だよ。でも、おれが監督だとしても同じ事するかもしれないな」


どういう事? 、と目で訴えると、先輩はにっこり微笑んだあとグラウンドに視線を戻した。


「おれも、夏井しか考えられないだろうな。きっと」


なんで? 、あたしは聞くと、先輩は眩しそうに目を細めて、


「これは秘密だぞ」


絶対、秘密な、とその時の話をしてくれた。


「夏井たちが入学してきて二週間くらいだったかな。紅白戦したんだ」


新入生対、ニ、三年生の選抜チーム。


「その試合で翼は前半無失点に抑える好投。でも」


後半からマウンドに上がった補欠は、ことごとく、こっぱ微塵に打ちのめされたらしい。


「プライド、ズタズタにされたと思うよ、あいつ」


それはそれは、見ていた先輩が落ち込んでしまうほど、ひどいものだったらしい。


監督からはため息をつかれ、仲間からは呆れられ、先輩たちからはヤジを飛ばされたらしい。


「でもな、あいつ、落ち込むどころか最後の最後まで表情ひとつ変えなかったんだ。ひたすら毅然としててな」


「……うん」


なんとなく、想像がついた。


普段から感情を表に出さない補欠を、あたしも良く知ってるから。


「なんてやつだって思ったよ」


懐かしそうに笑って、先輩は続けた。


「けどな、みんなが帰ったあとの真っ暗な部室で、泣いてたんだ。夏井」


本当は気が狂いそうなほど、悔しかったんだろうな……。


その時の補欠の気持ちを考えると、胸がシクシク痛んだ。


でも、先輩は楽しそうに目を輝かせる。


「ああ、これはすげえのが入部して来たぞって。おれ、面白くてさ」


マウンドでは、顔色ひとつ変えない。


泣く姿を、誰にも見せない。


「嬉しかったんだ、おれ。それで、あんなにわくわくしたの初めてだったんだ」


泣いていた補欠は、突然、部室を飛び出して真っ暗なグラウンドを走り始めたらしい。


8時を過ぎて9時になっても、寡黙に走り込んだらしい。