夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story

「補欠……これ」


フェンスの網目からお守りを突き出すと、補欠は帽子のツバを引いてうつむいてしまった。


今更遅えよ、とか、こんな無茶されても困る、とか、思ってるのかもしれない。


大切な決勝戦の最中にこんなことして、迷惑だったかもしれない。


「せんぱ……」


不安になって見上げると、先輩がフフと笑った。


まるで、大丈夫、とでも言っているような笑顔だった。


「夏井」


先輩の声に弾かれたように顔を上げた補欠が、フェンスごとあたしの手を掴んだ。


優しくて、大きな手だった。


「ありがとう、翠」


物静かで、とても穏やかな声だった。


補欠の目が微かに潤んでいる。


泣くな、補欠。


補欠に涙は似合わなすぎる。


泣いたら、ダメ。


今、このフェンス越しに、目の前に居る彼を力の限り抱きしめてやりたいと思った。


本気で、そう思った。


今、彼に襲い掛かっている苦しさとしんどさ、プレッシャー、全部余す事なく根こそぎ取り除いてやりたい、って。


何もかもが邪魔に思えてくる。


フェンスも、タオルケットも、空気でさえも。


補欠とあたしの空間に立ちはだかるものは、例え微々たるものであろうとも、許せなかった。


補欠を抱きしめてやりたかった。


「翠、手、貸して」


補欠がフェンスに左手を押し当てた。


「うん」


フェンス越しの手に、あたしの手を重ねる。


「あのな、翠」


そう言って、補欠はフェンスの網目をかいくぐらせて指を絡めて来た。


「今、3対3で同点なんだけど、絶対に勝ってみせる」


うん。


あたしは頷いた。


声が出せなかった。


補欠に瞳が猛烈に優しく輝いていて、胸が詰まった。


「約束しただろ。一緒に甲子園に行こうな」


あたしは、補欠の指に指を絡め返した。


「負けても……いい」


別に、甲子園に連れて行ってもらえなくてもいい。