夕日が沈んだバルディグの空は、瞬く間に闇色のシーツを広げていく。
 繁華街に軒を連ねる店々は明かりを灯し、窓から溢れる光で行き交う客を呼び込んでいた。

 そんな中、老舗の宿屋に併設された酒場は連日のように人で賑わっていた。夜は始まったばかりなのに、席はすべて埋まっていた。
 男たちの談笑が店内に溢れ、それを耳に入れてさらに気分は高揚し、新たな酒を口に流し込んでいく。

 しかし、食堂の角にあるテーブルに座る、短髪の赤毛の青年は違った。
 出された酒と料理に手を付けず、ただジッとテーブル上で揺らめくロウソクの火を見つめていた。

「よう、兄ちゃん。せっかくの料理が冷めちまうぜ。どうしたんだよ?」

 隣の席で仲間たちと盛り上がっていた中年の男が、赤毛の青年に話を振ってくる。
 青年はわずかに困惑の色を浮かべ、「人を待っているんです」と低く小さな声で答えた。

 男は「辛気くせぇヤツだな」とぼやいた後、急ににんまりと笑った。

「ひょっとして女でも待ってんのか? お前はオレほどじゃねーが、かなり男前だからな。相手に不自由しないだろ? どんな美人さんだ?」

 青年の耳がぴくりと動き、鋭い目を細くする。
 ずっと胸の内でくすぶっていた怒りが吹き出しそうになったが、息をついてどうにか抑え込むことができた。