……本当にこの男は、趣味が悪い。
 けれど何か反論すれば、余計に面白がるだけだろう。ナウムのおもちゃにされるのは避けたかった。

 みなもは冷ややかな視線でナウムを一瞥すると、窓の外へ意識を向けた。

 城下街へ入ると、馬車は真っ直ぐに王城へ進んでいく。
 そして城の正門が間近に迫った所で、ようやく馬車が停まった。

 ナウムが「ちょっと待ってろ」と言ってから、馬車の外へ出る。
 すると門番らしき兵が駆け寄り、ナウムと何かを話し始めた。
 声は聞こえないが、やけに兵のほうが緊張した面持ちで、態度も硬い。

(あんなヤツなのに、偉いのか?)

 思わずみなもは眉根を寄せる。

 バルディグへ向かう最中、ナウムに「お前は何者なんだ?」と尋ねてみたことがある。
 だが、さっき見せたような面白がった表情を浮かべて「あっちに着いてからのお楽しみだ」と言って教えてくれなかった。
 人は見た目によらないという典型的な例だな、と考えずにはいられない。

 しばらくして兵が城の中へと駆け出していく。
 そして踵を返したナウムが馬車のほうへと戻ってきた。

 キィ、という高い音と共に、馬車の扉が大きく開かれた。
 
「待たせて悪かったな。さあお姫様、お手をどうぞ」

 差し出されたナウムの手を無視し、みなもは馬車から降りようとする。

 身を馬車から乗り出した瞬間、強い目眩がみなもを襲った。
 体勢が崩れ、前のめりに地面へ落ちそうになる。

 次の瞬間――。

「おっと、危ねぇな」

 咄嗟にナウムがみなもを受け止めた。
 抱き締められる形になり、みなもの全身が硬直する。

 耳元でナウムの苦笑が聞こえてきた。

「ったく……意地っ張りなところは、いずみと変わらねぇな」

 からかうような呟きの中に、どこか優しげな響きが混ざる。
 そしてナウムは、子供をあやすようにみなもの背を叩いてから、あっさりと体を離してくれた。

「さあ、オレについて来いよ。はぐれるんじゃねーぞ」

 そう言うとナウムは城を顎で指してから、城の中を目指していく。
 一歩分ほど離れて、みなもは彼の後ろをついて行った。