「ベニスの商人」
小さく呟かれる声と同時に本棚の向こうから、ひょいと夕吉が現れた。
「ん?」
「だからベニスの商人」
「だから、ん?」
「さっきの男子が言ってた“悪魔も手前勝手な目的のために聖書を引用する”って言葉、シェイクスピアのベニスの商人からの名言だよ」
「へぇえー、そうなんだ……っじゃなくて夕吉くん居たの?」
「居ちゃ悪いの?」
じとっとした夕吉の視線を受けて千晴は慌てて首を横にふる。
「いやいやいや、そうじゃないむしろ夕吉くんがいなくてすっっごく寂しかったんだけども寂しかったんだけども…!」
「くどい」
「うっ…ところで寄るところがあるって言ってたけど、ご用事は終わった?」
「……っ」
千晴が尋ねると何故か夕吉は、ばつが悪そうな顔をした。
「…〜〜っ」
「……?」
何かを言おうと口を開けては、そのまま何も言わずに固まる夕吉。
「ど、どしたの徒野くん、何か悩みがあるなら教えてよー」
夕吉の不可思議な態度に若干気味悪がりながらも首を傾げて千晴は尋ねる。
ひくり、と固まっていた夕吉の頬が引きつった。
「あはは…知りたい?俺の悩みは……おまえだっ!」
そのまま くるりと踵を帰してすたこらと夕吉は歩いて扉へと向かって行った。
「あ、徒野くん、何処行くの?」「トイレ」「……」


