僕の愛した生徒



直江先生は奈菜の様子を見守るようにしてから

「萌、行こうか?」

と、奥さんに声をかけた。


「今日は家族サービスの日なんだ。
休みなんてほとんどないから、たまの休みくらいはな」

そう苦笑いして“またな”と歩き出そうとする直江先生。



それに、なんとなくホッと胸をなで下ろす僕。



でも、気を緩めた僕の横を通り過ぎるその時、直江先生は僕の肩を力強く掴み、耳元で低く小さく囁いた。



『本物の想いなら貫けよ』



僕は目を見開いて直江先生を見る。


直江先生は一瞬だけ奈菜に視線を移すと、何事も無かったように通り過ぎていき、

奥さんも僕と奈菜に会釈をすると
直江先生の後ろをついていった。



頭の中をこだまする直江先生の言葉。


僕の目は小さくなっていく3つの背中を追う。



やっぱり、直江先生には分かっていたのか……


同じ匂いがしたのか?

そうだよな、直江先生も昔……


今の僕と同じだったのかな?

違う…きっと僕よりも辛かったはずだ。



直接、本人から聞いたわけではないから本当のところは分からない。

でも、僕が聞かされた話によると

直江先生は生徒との恋愛が公になって、年度途中にも拘わらず異動になり、

その噂が赴任先の学校にも広がって
赴任当初は授業も成立せず、
職員室でも針のむしろ状態だったらしい。



もし、僕がその立場なら……

きっと…耐えられない。

そうなってまで、奈菜との関係を貫けるのかも分からない。


直江先生は…最後まで貫いたのかな?



直江先生がその生徒さんと、その後どうなったのかは聞いたことがない。

けれど、貫いていて欲しいと願うし、そうだと信じたい。



でも

もしかしたら奥さんがその時の?


そうなら嬉しい。



僕は幸せそうに並んだ背中を眺め

辛い経験をしてきた直江先生だからこそ言える言葉…その言葉の重みを推し量る。



僕も本当に貫いていいのかな?

いつか僕たちも、あんな風に歩ける?



僕はその背中が人混みに消えていくまで見送った。




「秀?名前が呼ばれたよ?」

僕の服の裾をちょこっと摘んで、僕を上目遣いで見る奈菜。


僕はそんな奈菜に五年後の僕たちを見た気がした。