板垣小太郎は、いつものように同じ時間に起き、同じ時間に電車に乗り、そして同じ時間にその場所へ辿り着いた。ここ数年、毎週日曜日は、判で押したように同じ行動を繰り返している。そして、いつものようにその場所を見上げて大きく深呼吸をした。

 そこは、自殺を考えている人たちのためのいわゆる駆け込み寺。団体の名を『光の架け橋』という。板垣は、毎週日曜日、ボランティアとしてそこへ通っていた。

 狭い部屋の中には、色気も何もない無機質な机が置かれており、その上には電話が一台備え付けられていた。

 板垣はその机の前に腰を下ろした。鞄の中から筆記用具やメモ帳、そしていつも飲む缶コーヒを几帳面に並べたところで、机の上の電話が鳴った。慣れた手つきで受話器を取った板垣が言葉を発する前に、妙に明るい男の声がこう告げた。

『私、これから死のうと思うんです』

 若々しい声の質ではあったが、板垣はその男を四・五十代の中年男性だとあたりをつけた。この手の電話には、もちろん悪戯電話もかなり多い。しかし、このボランティアをやり始めて数年。悪戯とそうではないものの区別というものがつくようになってきた。そして、この電話は悪戯ではないと板垣は判断し、落ち着き払った態度で対応を始めた。

「お電話ありがとうございます。わたくし、光の架け橋・板垣がお話を聞かせていただきます」

『おぉ、板垣さんですか。これはご丁寧にありがとうございます』

 電話越しでも頭を下げているのがわかるような声音に、思わず板垣の頬が緩む。