「あ、あの…」


いきなり現れた眠気眼に
私は一瞬動揺して言葉が出なくなってしまった。

そんな私を見て、ドアの向こうの住人は
無言でドアを閉めようとした。



「あああああのっ!ちょっとお待ちください!ワタクシ、今日から隣に引っ越してきた…、」

「…ああ。桜坂瑞希サン、だっけ?」


「え?何で知って…」


思わず首を傾げると、ドアが大きく開いて向こう側が完全に見えるようになった。


「何でって…。この間、ここの大家が言ってたからな」


少しはだけたワイシャツにジーンズ。明らかに寝起きだと分かる格好をした201号室の住人は
ボサボサの髪をかき上げると
品定めするようにジロジロと私を眺め始めた。

「…あの、近いんですけど」


息がかかるくらいの至近距離で
顔を近付けてくる相手から少し体を反らすと私は手に持っていたクッキーの箱を相手の胸元に押し付けた。


「これ、つまらないものですが!
これからよろしくお願いします!」


早口でそれだけ言うと
私は踵を返して急いで自分の部屋へと逃げ込んだ。

その時、ふと気付いた。

「名前、聞くの忘れちゃった…」