「言われずとも帰るさ。またなラファエル」
「あぁ…」
ハデスの呼びかけに、イヴを抱いたままのラファエルが短くそう返す。それに満足したのかハデスは小さく笑い「ネーナ、来い」と連れてきた少女を呼ぶ。トコトコと駆け寄ったネーナの手をハデスが取る。
「またね、イヴ様、ルーカス」
少女の小さな手がひらひらと舞ったかと思えば、二人のシルエットがくにゃりと歪み、あっという間に消えた。
「もう二度とくるなッ!」
ルーカスの叫び声は部屋に虚しく響く。
「ルーカスお前ももう下がれ。お前がいてはイヴが落ち着かない」
「ルシファー様まで…」
忠犬が主から叱られた時のようにしゅんと落ち込むルーカス。
「イヴが天使であることを知っている者はお前だけだ。明日はイヴを魔界の城下を案内してやれ」
「……はい、分かりました」
しぶしぶ…というような返事。出逢った時から嫌われているため無理ない。
「下がっていいぞ」
ラファエルのその言葉にルーカスは一礼して部屋を出て行った。扉が閉まり、ラファエルと二人きりになる。しかも、イヴは依然としてラファエルに抱えられたままで、気まずいことこの上ない。
「イヴ疲れただろう?」
ラファエルの問いにはっきりとは答えなかったが、目まぐるしい一日を思い出してどっと疲れていた。魔界に来て聖力は尽きるし、冥王には会うし。知りもしない魔王に愛していると囁かれるしで、イヴの世界は一変した。
「昼夜問わず日のないここでは時間の感覚がないだろうが、今はもう夜だ」
イヴを抱いたままゆっくりと歩くラファエル。歩いていく先には大きな天蓋付のベッド。ラファエルはイヴを深紅のシーツが引かれたベッドに下ろした。
シルクのシーツが肌に触れ、冷たさに一瞬身を強張らせる。それをイヴが緊張で身を強張らせたと思ったラファエルが困ったように笑いながら口を開く。

