突き当たりに引き戸があり奥の部屋が抑留所となっている。引き戸は立て付けが悪く両手を使って踏ん張らないと動かない。開けた途端に埃のこもった臭いが鼻をつき、天井が前室より低くなっているせいか窮屈な感じがする。

 抑留所には鉄格子付きの窓が備えてあるが、隣接する役場の建物が自然光の侵入を阻んで昼間でも電球を点けないと薄暗い。

 おれが「どうぞ」と声をかけても猫の処分を申請した女の人は靴底に接着剤でもついているかのように足を動かさない。

 コンクリート壁に等間隔に打ち込まれている係留用の錆びた鎖、爪や歯で引っ掻いた跡、青黒い染み、隅にひっそり置かれた子犬や子猫を閉じ込めるゲージの格子は所々色が剥げて曲がっている。抑留され、必死に逃げ出そうとするかわいそうな姿を嫌でも連想させる。

 彼女は抑留所の入口付近にバケット・キャリーを置いて一歩も入ってこない。

「猫を出してこっちのゲージに移してください」

 おれがゲージを開けると彼女は「もう使いませんから」とバケット・キャリーを置き去りにしてそそくさと犬舎から退散した。

 少しだけ胸がスゥーとした。彼女が哺乳類のペットを飼うことはしばらくないだろう。

 おれは日誌に視線を落とす。

 抑留番号の欄に今回は記入が必要ない。役場や警察が拾得して首輪が付いて人間に飼われていた形跡がある犬は土日プラス三日間だけ公示し、抑留番号がつけられる。飼い主が現れれば返還するが、公示日が満了すれば処分するしかない。

 彼女が連れてきた猫は当日処分することになるので抑留番号が不要。飼われていたときには名前がつけられていただろうが、最期は番号さえつけてもらえない。

 種類の欄に雑種、毛色は黒、性別はオス、体格は中型、処分という欄には当日、そして処置には薬殺と書く。

 犬や猫を薬殺するには細かい規定がある。薬品保管要領により危険薬品受払簿に管理状況を記録する。保管庫には『毒薬』の表示をして薬事法第四十八条により保管庫は施錠する。薬事法第四十四条により直接の容器又は直接の被包に黒地に白わく、白字をもってその品名及び『毒』の文字を記載する。