申請書を記入してから彼女の表情は曇りがちになる。手続きが意外に面倒なことがわかったからだろう。印鑑がないので証紙の割印はボールペンで名前を書いてから丸で囲んでくださいと指示した。

 お金がかかることは予想の範囲内だったのか素直に支払ったが、バケット・キャリーに入れてきた猫を保健所の裏にある別棟の犬舎まで運んでくださいとお願いすると不服そうな顔をした。

 意地悪をしたわけじゃない。飼い主にしか従わない犬や猫がいて逃げださないための予防策としていつもそうしてもらっている。

 犬舎に向かう途中で彼女からひとつだけ質問された。
「いつ処分するんですか?」
 彼女はこの期に及んで猫の身を案じている。

「申請書に記入してもらった時点であなたの飼っていた猫は不要猫となり即処分することになります」
 おれが無表情で振り返ると彼女は視線を逸らせた。

 保健所の裏手に回ると墓そっくりの『犬魂碑』がある。処分した犬や猫に安らかに眠ってもらうためのもので従順だった家族の一員にお参りに訪れる人もいる神聖な場所。

 『犬魂碑』のすぐ横にベージュ色のコンクリート造りの平屋で一見すると少し大きめの物置小屋風の犬舎がある。

 アルミ製のドアを開けると前室と呼ばれる四帖くらいの空間が待つ。

 スイッチをONにして100ワットの裸電球を点けた。流し台に使い終わった注射器を入れる瓶型のプラスチック容器、棚には犬や猫のエサ、いままで処分されてきた犬の首輪とリードが無造作に置かれ、犬の首を押さえつけるためのペンチを大きくしたような器具などがぶら下がっている。