狂犬病予防業務日誌

「不妊処置はしてますか?」
 無駄な質問だと思いながらとりあえず訊いてみた。
「わからない」

「犬の年齢は?」
「9歳くらいじゃないかな」

「登録はしていますか?」
 という質問をしたとき、老人は視線を斜め上に向けて考え込む。

「しているんですか?していないんですか?」
 おれは訝った。老人の態度が気に食わない。記憶模索中のポーズを取っているのだが、はぐらかしているだけにしか見えない。

「役場の住民課で犬を登録した記憶はありますか?」
「わ、忘れました」
 老人は明らかに動揺している。やはり野良犬を拾って登録もせずに飼っていた可能性大だ。

「登録しているのであれば明日にでも役場の住民課にいって犬の登録を抹消してもらってくださいね」
 一応勧告した。

 ようやく最後の質問を残すだけとなった。保健所では毎日たくさんの書類が上司の机を通過するが、申請理由の項目だけはチェックが厳しく、記入もれがあれば注意を受ける。

「犬が病気だから安楽死させたいんですね」
 申請の理由をゴリ押し気味に『病気のため』を勧めた。