狂犬病予防業務日誌

 名前と住所を記入してくれたのが4分後。手が覚束ないわりにはおれより字がうまかった。

 中野源一郎……住所は町内。

 犬や猫に関する手続きは免許証や保険証を提示する義務がなく、本当に本人なのか身分を証明する必要性がないので住所と名前の虚偽を再確認することはない。あくまで飼い主を信用するしかないのだ。

 名前を書いてから老人の手がとまった。犬の特徴を記入する欄で頭を悩ませている。

 おれは優しくボールペンを譲り受け、申請書を回転させた。
「犬の種類は?」
 と訊く。

「ざ……雑種か……な」
 おれは種類の欄に雑な字で『雑種』と記入して矢継ぎ早に質問した。

「毛の色は?」
「白……いや薄茶かな」
「どちらなんですか?」
「薄茶」

「性別は?」
「どっちだったかな」
 オスかメスかはあとで調べればわかることだが、犬には無関心なようだ。身勝手な好奇心から野良犬を拾い、飽きて世話をしなくなり、飼育することを放棄して保健所に連れてきたことが容易に想像できた。