狂犬病予防業務日誌

 会話をして感触を探らなければいけない。

「飼い犬が病気なんですか?
 問いただしても老人はだんまり。

「飼っている犬が病気なんですね」
 おれはイラッとする感情を押し殺しながら念を押した。

「はい」
 老人からはっきりとした返事をもらい、おれは椅子から立ち上がる。

「申請書に記入してもらうのでちょっと待ってください」
 自分の机の引き出しから別記第19号様式『犬又は猫の引取り申請書』の用紙とボールペンを持ってロビーに戻ると老人は机の一点を見詰めたまま固まっていた。

「ええ~とまず日付から書いてください」
 用紙の上にボールペンを置き、老人が動くのを待つ。

 老人はポケットからゆっくりと手を出した。骨に皮がぺったり張り付いた貧弱な手だった。ボールペンを持っただけでポキッと折れそうだ。

「今日は何日かな?」

(何月かな?と聞かれないだけマシか……)

「24日です」
 おれが日付を教えても老人は申請書に記入できなかった。手が震え、ペン先を用紙につける寸前に取りやめた。カタカタカタと膝がテーブルに当たっている。小さな地震が老人の周りで起こっていた。

「外は寒かったですか?」
 おれが気遣って訊くと、老人はぎこちない笑顔で答えを表現してきた。寒さは関係ないのかもしれない。慣れない保健所での手続きに緊張しているのだろう。