「そうなんですか……」
 おれはいかにも残念そうな表情で対応する。別に老人が不憫に思えたからではなく、電話もせず受付時間を終了した保健所に直接やってきた常識知らずを相手にしなければいけないおれがかわいそうになってきたからだ。

「犬を連れてきたんですか?」
「歩いて運んできたんだ」

 運が良いのか悪いのかおれが扱える案件なので「担当者がいません」「窓口はすでに終了していますので明日あらためて来てください」などと冷たくあしらうわけにもいかず事務所から出て対応することにした。

 玄関ロビーには食中毒の注意や献血を呼びかけるポスターと銀行の粗品のカレンダーが貼ってある。簡素な応接セットのテーブルには朱肉と老眼鏡が添えてあるだけで殺風景だ。

「どうぞ」
 椅子に座るように促すとようやく老人の顔がはっきり認識できた。

 向き合って座った老人はグレーのニット帽を被りボア付きの紺のジャンパーを着ていた。ひどい猫背で顔を亀みたいに出し、両サイドのポケットに手を突っ込んでこちらを凝視する。眼窩が凹んでいるから眼球が異様に突き出て、頬がこけ、首筋の筋肉はそげ落ち、針金のように細い血管が浮かんでいる。

「飼い犬ですか?」
「んっ……」
 首を縦にも横にも振らず『はい』なのか『いいえ』なのか煮え切らない答え方をする老人におれは苛立ちを感じた。

 飼い犬なのかそれとも野良犬なのかは重要な質問事項だ。もし飼い犬なら2100円の引き取り手数料が発生するし、拾得した犬や猫なら無料となり書いてもらう申請書の様式も違ってくる。