送信所から標準電波を受信して正確な時を刻む腕時計がピッと鳴り、7時になったことを告げると日誌の記入は一番下の業務内容及び特記事項の欄だけとなった。

 それまでボイラーで暖められていた事務所内に冷たい空気が侵入し、おれの首筋を撫でた。背骨付近の神経が体毛を逆立てる。誰かに見られている気がしてしょうがない。

 職員が出入りする裏口へと通じるドアが開けっぱなしになっていた。外から隙間風が通り抜けて背中を擦ったようだ。おれは安堵のため息をもらす。

 ドアを閉めるため椅子から腰を浮かせると、受付台のガラス戸を小突く音が所内に響いた。

 えっ、と振り向く。

 正面玄関の蛍光灯は消されているが、暗闇の中に僅かに人間らしき頭と肩口の輪郭が確認できた。

 保健所は午後5時30分に受付を締め切る。正面玄関のドアはカギがかかって入ってこられないはず。

(閉め忘れかよ!)

 総務課の係長の顔が頭に浮かぶ。

 受付には専門員がいて特定疾患などの相談にくる人の対応をする。専門員が席を外していても総務課の人たちが代わりをしてくれる。

 受付で接客するのは初体験。うまくできるだろうかと不安と焦りが胃袋に1キロ程度の鉄球を落とした。

「はい、なんでしょう?」
 ガラス戸を横にスライドさせ、覗き込みながら尋ねた。

「い、犬が……死にそうで……かわいそうだから処分したい」
 消え入りそうな小さな声だった。顔の3分の2は闇に紛れていたが、喉仏の辺りが筋張っている。年老いた男性と推測した。