薬殺とは犬や猫を安楽死させるためネンブタール注射液を前投与して意識喪失状態にし、その間に筋肉弛緩剤の塩化スキサメトニウムでできるかぎり苦痛を与えずに致死させることをいう。

 おれはあくまで臨時職員なので補助する役割。ナイロンの紐を引っ張ると口が締まる仕掛け網にバケット・キャリーから猫を移す。猫は爪でしがみついて出ようとするが揺すって落とす。軍手で網を絞って猫の逃げ場をなくして動けなくする。

 注射を打つ役目は獣医などの資格を持つ環境衛生係長。猫が元気なのでネンブタール注射液を普段の倍投与してやっと眠ってもらえた。塩化スキサメトニウムを打って7分後に係長が猫の死を宣告する。

 臭いを防ぐため青いビニール袋を二重にして遺体を入れ、公用車で焼却場に運ぶ。山の麓にある焼却場まで片道30分で行ける距離なのだが、あいにくの吹雪で視界が悪く、時々車を停めて吹雪がおさまるのを待った。

 おれが保健所に戻ってきたとき、ほとんどの職員が帰り支度をはじめていた。人口15000人を支える総勢22人の小さな事務所に勤めて3ヶ月になるが、最後に一人だけ取り残されたことはなかった。

 クリスマス・イブの夜はさすがに皆の帰りは早い。予約していたケーキを買って家族が待っている家に飛んでいくのだろう。

 うらやましいとは思わない。一人のほうが気楽だ。誕生日、結婚記念日など家族がいればイベント事に付き合わなければいけない。しかもクリスマスはキリスト教徒のもので仏教徒のおれには無関係だ。